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東京地方裁判所 平成2年(む)128号 決定 1990年4月10日

主文

本件各準抗告の申立をいずれも棄却する。

理由

一  申立の趣旨及び理由は、本件準抗告の申立書及び申立補充書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

二  一件記録及び当裁判所の事実の取調べの結果によれば、

1  東京簡易裁判所裁判官は、平成二年一月一一日、司法警察員の請求により、被疑者氏名不詳、罪名銃砲刀剣類所持等取締法違反の被疑事件について、捜索の対象を(1)東京都豊島区千早町一丁目一六番一五号前進社第一ビル並びに同社内に在所する者の身体及び所持品、(2)同区千早町一丁目一九番一四号前進社第二ビル並びに同社内に在所する者の身体及び所持品とし、別紙一記載の物件を差押えることを許可する旨の捜索差押許可状二通を発付したこと

2  本件被疑事件の内容は、別紙二記載のとおりであるが、本件は、いわゆる中核派所属の者多数による組織的、計画的かつ密行的な犯行であると認められ、本件各捜索差押許可状発付の時点において被疑者はいまだ具体的に特定されるにいたっていなかったこと

3  司法警察職員は、右各捜索差押許可状により、平成二年一月一一日、前記前進社第一及び第二ビルにおいて、右各ビル内並びに同所に居合わせた多数の男女の身体及び所持品に対して捜索を行い、押収物件目録記載の各物件を差押え、うち一部の物件について還付されていること

の各事実を認めることができる。

三  右事実並びに一件記録及び当裁判所の事実取調べの結果に基づき、申立人の主張について検討する。

1  申立人は、本件各捜索差押許可状発付の裁判の取消を求めるが、本件においては、すでに右各令状に基づく捜索差押の処分が完了しているのであるから、申立人らは、右各令状発付の裁判自体の取消を求める利益を有しておらず、したがって、申立人らの本件各捜索差押許可状発付の裁判の取消を求める右申立は不適当である。

2  次に、申立人らは、司法警察職員が本件各捜索差押許可状に基づいて行った捜索差押は違法無効であるとして、その捜索差押処分全体の取消と未還付の各押収品の返還を求めているが、このような場合、刑訴法四三〇条二項により、「司法警察職員の押収に関する処分に対する不服」として請求できるのは、現実に差押えられた各押収品のうちの未還付分についての差押処分の取消変更の裁判に限られ、これを越えて、押収品の返還を命ずる裁判を求めたり、押収に先行しあるいは押収にいたらなかった捜索の処分の取消変更の裁判を求めることはできないものと解すべきである。けだし、準抗告の裁判において、押収品の差押処分が取消変更されれば、司法警察職員は押収の根拠を失い、当該押収品を当然に返還しなければならないことになるし、また、捜索の処分の違法は、その違法が差押処分の違法をもたらす限度において、差押処分の取消事由として主張すれば足るのであって、捜索の処分自体の取消を求める利益を欠き、刑訴法四三〇条の規定上も捜索の処分については準抗告の対象とされていないからである。

そこで以下、本件各押収品の差押処分について、これを取消変更すべき違法があったかどうかを検討する。

(一)  申立人らは、本件各捜索差押許可状には、罪名の記載として「銃砲刀剣類所持等取締法違反」とあるのみでその具体的罰条の記載がないことをもって、罪名の特定に欠けるから憲法三五条に違反する違法な令状であり、これに基づいて行われた本件差押処分も違法であると主張する。しかし、そもそも、罪名の記載は、憲法三五条が要求する令状の記載要件ではない。所論は、このような罪名の包括的記載では、他事件の捜索差押に流用することを容認することになると主張するが、捜索差押令状の請求に当たっては、罪名とともに「犯罪事実の要旨」の記載も要求され(刑訴規則一五五条一項四号)、当該令状は、その被疑事実に限って発付されるものであって、他事件への流用を容認するものでないことはいうまでもない。なお、特別法違反の罪については、具体的罰条を記載することが、差押えるべき物の特定のうえで望ましい場合があるものの、本件各令状の「差し押さえるべき物」欄には、「平成二年一月八日、東京都渋谷区渋谷四丁目二番九号、藤和渋谷四丁目ビル新築工事現場内において発生した、『渋谷署管内金属弾発射事件』に関係あると認められる」という被疑事実の観点からの限定も付されたうえで、具体的な例示がなされているのであって、これらのことを併せ考えると、具体的罰条の記載がないからといって本件各令状が違憲ないし違法となると解することはできない。

(二)  また、申立人らは、本件各令状には、捜索の対象として「前進社第一ないし第二ビル並びに同社内に在所する者の身体及び所持品」と記載されていることをもって、捜索差押の対象の特定を欠いた違法な令状であり、これに基づいて行われた本件差押処分も違法であると主張する。しかし、前記のとおり、本件被疑事件は、いわゆる中核派所属の多数の者による組織的、計画的かつ密行的犯行であるところ、一件記録によれば、本件捜索の場所である前進社第一ビル及び同第二ビルは、いずれも全体として中核派の活動拠点となっているものであり、しかも、右各ビル内への出入りに際しては、監視役の厳重なチェックが必要であって、中核派に所属しない者が容易に入ることのできない状況にあったことが認められ、右事実よりすれば、右各ビル内の全域並びにそのビル内に居合わせた者全員の身体及び所持品に本件被疑事件に関係する証拠品が隠匿所持されている蓋然性が高い状況にあったと認められる。このような本件の特殊な状況に鑑みると、捜索の対象を前記のごとく定めた本件各令状は、その場所及び対象の特定において欠けるところはないというべきである。

(三)  さらに、申立人らは、女性に対する捜索処分について、司法警察職員以外の第三者たる成年女子の立会がなかったから、刑訴法一一五条に違反した違法があること及び具体的な捜索方法において身体の捜索で許容される範囲を越えた違法があったことなどを理由に、本件各押収品の差押処分の違法を主張する。

一件記録及び当裁判所の事実の取調べの結果によれば、本件各捜索差押許可状による捜索差押処分において、本件各令状を各ビルの総括立会人にそれぞれ呈示し、前記前進社第一ビルを七区域に、同第二ビルを九区域に分割のうえ各区域の立会人にそれぞれ本件令状の写しを呈示した後、各区域並びにその場に居合わせた多数の男女の身体及び所持品に対する捜索差押を実施したこと、その結果、前記各区域内及びその場に居合わせた男性二名の身体から押収物件目録記載の各物件が押収されたが、右各女性からは、押収すべき物は発見されず、したがって、右各女性に対する差押処分はなされなかったこと、右女性二〇名のうち一二名に対しては、いずれも外部から遮蔽された個室において、八名に対しては、右ビル付近の路上に停車中の外部から遮蔽された警備車両内において、一人につきそれぞれ複数の司法警察職員たる婦人警察官が身体の捜索を実施したが、その際、婦人警察官以外の第三者たる成年女子の立会がなかったことが認められる。

そこでまず、女性の身体に対する右捜索が婦人警察官以外の第三者たる成年女子の立会なしに行われたことが、違法であるかどうかについて検討するに、刑訴法一一五条が女性の身体に対する捜索に成年女子の立会を必要としたのは、その捜索が男性の警察官によって実施されることを想定したうえで、成年女子の立会によって捜索を受ける女性の羞恥心を解消軽減するとともに、警察官による性的侵害の危険ないし疑惑の発生を防止しようとする趣旨に基づくものであるから、本件のように婦人警察官だけで女性の身体捜索を実施する場合には、同条の適用はなく、成年女子の立会なしであっても違法ではないと解するのが相当である。

次に、各女性の身体に対する具体的捜索方法の違法をいう点について検討するに、本件各押収品についての差押処分は、いずれも、各女性の身体捜索の結果発見された物に対するものではないのみならず、前記認定のとおり、本件ビル内でなされた女性に対する身体の捜索は、各区域の捜索差押に接着した時間に行われたとはいえ、他の者から見えないように外部から遮蔽された部屋の中で、各区域の捜索とは別に行われ、また、その他の右ビル内に居合わせた女性については、同ビル外の警備車両内で行われたものであって、右各女性に対する身体の捜索は、いずれも他の捜索差押処分とは区別して行われたものということができ、本件押収品の差押処分自体には具体的影響を及ぼしていないと認められる。このような事情に鑑みると、たとえ各女性の身体捜索の方法について申立人らが主張するような事実が存し、それが仮に身体捜索の許容範囲を超えた違法なものであると認められるものであったとしても、これをもって、本件各押収物についての差押処分をも違法ならしめるものということはできない。

以上のとおりであって、本件各押収品の差押処分について、これを取消変更すべき違法事由は見当たらない。

三  よって、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡邊忠嗣 裁判官 長谷川憲一 裁判官 舘内比佐志)

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